毎度。
「結構寝んの遅いねん、言っとくけど俺」と自慢げに話す小学生を見て
「昨日は寝てないねん、言っとくけど俺」と対抗意識を燃やしたbiscoですが。
久々に動画をあげたくなったので、これを。
箱見ればわかるんでもはや説明無用なんですが、
それをまあ、それらしく書いてみることにしてみましたよと。
こういうの遊ぶと心が豊かになりますよね。
殺伐とした世の中に、一服の清涼剤。
「ごきぶりポイポイゲーム」全く爽やかではない、真っ向勝負なテーマが泣けます。
以下。
というわけで。
レトロなおもちゃ屋で発掘してきたゲーム。
その名も「ごきぶりポイポイゲーム」。
ゲーム性を考えると、たしかにこのテーマに辿り着くんですが、
かといって本当に直球勝負できたのはまさに時代なりといったところ。
電池駆動ものは国産レトロゲームでは鬼門なんですが敢えてチャレンジ。
どうにかそのギャンブルには勝つことはできたものの、
よく考えてみれば、これを手に入れてしまったということ自体に
幾ばくかの敗北感を覚えずにはいられないというか。なんというか。
とりあえず、箱絵、こんな風。

箱ボロボロなのはレトロゲーである証。もはや仕様です。
内容は見ればわかるんですけどね。これはさすがにね。
真ん中のGハウスがグルグル回ると、
下の暗がりについてるフィンみたいなのでGが弾き出されてきます。
それをアミで上手く叩くとくっついてくるので、
手元のバケツに叩き落とすと得点。色指定ありなしで二通りの遊び方。ま、一緒ですが。
こだわりを感じるところといえば、
捕獲するのも、バケツに捨てるのもアミでしか触れない。(汚いから)
Gハウスと下部のフィンの駆動が別。(回転速度が違う)
とか。
あと、G頭部についてるでっぱりみたいなところを上手く叩かないと
アミに全くひっかかってくれないので、そのあたりが若干テクニカル。
・・・いや、まあ、テクニカルということにしておきたいところ。
では百聞は一見にしかずということで動画をば。
手持ちで撮ったのでブレブレですが。
にしても動画を無言で撮るのは難しいですね。
なんというか、逆にオモシロくなってくるので困ります。堪えるので必死。
いやもう、グダグダすぎる(笑。 なんだこれ。テキトーにもほどが。
アミがバッチバッチいってる音が空虚すぎて泣けますね。
慣れれば他人の手元にアミを伸ばしてみたりして、
攻防とか邪魔要素が増えたりするのでは。って、テキトー言いましたが。
でもまあ、Gがデフォルメされてカラフルなんで見れますが、
これがリアル系だったら強烈でしょうねえ。
アミとかバキバキに折れるくらいに本気で叩きそうな気がします。
いやしかし、それくらいやったほうが製作者側は喜ぶのかもしれません。
と、ダルめに書いてみましたが、
この手のゲームとしてはわりかし良く出来てるほうかな、という感じ。
テーマさえよければHABAとかでも売れますからね。たぶん。
いやほら、「マーブルすくいゲーム」とか「象のトランペット」とか。
類似性を見出そうとすればいくらでも・・・・ねえ?
最後に、これは触れておきたいというポイントがあったので
アップでお見せしたいと思います。
スクープ! これがGの鳴き声です。
クェー今後Gを見かけたら、この鳴き声を思い出してあげてください。
そしたら少しだけ優しい気持ちになれるのでは。
では。
赤いナショナル乾電池がノスタルジックでアレですが、
今でも昔ながらの電気屋さんの脇に「乾電池自販機」が
置いてあるのを横目で流していますが、買う人いるの?
つうか、「動くの?」と謎です。
すいません。こっちに目がいってしまいます。
でGのヤツらは「よっしゃー!いってくるぜっ」
↓
「べしっ!」→「ポイ。」
と、非業の死を遂げる彼らに合掌。
家の外では大虐殺が繰り広げられているというのに、
果敢に湧き出てくるヤツらの生命力に学ぶことは
多い、、、と思いたくないが、それが現実なのかw
で、数ヶ所凹んでる部分はひょっとして、まさかの
「野球盤の消える魔球スポットなの?」と過剰に推測
してみたりするのですが、動画を見る限りそうじゃない
みたいですね。まさか、ね?
コメントどもです。
乾電池自販機懐かしいっすねえ。機材サイズのわりにやたら窓が小さいんですよねえ、あれ。
Gハウスからわらわらと絶え間なく飛び出してくるほどに放置してしまった人間の怠慢への警鐘というか、なんというか。ちょー昔はなんでかGがたくさんいたような気がします。なのに今は全くみかけません。どこ行ったんですかねえ?
ボードの凹は、製作側の意図としては「Gが引っ掛かって動かなくなって叩きやすくなるスポット」のようです。あそこだけ床と二アリー平行になってます。現実にGを叩くときに好位置につけるのを待ち構えるような体をデザインした模様ですが、かといってそんなに上手いこと入ってくれず、アミを振り上げた「待ち」という行為は無力化され、押し寄せるGの恐怖の前に結局ひたすらな攻めに転じる他ないあたりも、リアルさ追求ゆえでしょうか。
って、無闇に色々言おうと思えば言えてしまう自分にゲンナリ。
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